日本は、世界に誇る“課題先進国である”と言われる。例えば、この現在の日本の問題は何であろうか?
日本の失われた20年、日本人が稼ぎ出したGDPは、年間500兆円を挟んで上下し、横ばいしている。一方、ここ間、世界は、20年間で20兆ドルから60兆ドルと約300%に伸びている。日本は、1990年にバブルがはじけ、あれから20年間、稼ぎ出した付加価値はほとんど変化してこなかったのである。これが、事実を写した一つの鏡である。
問題とは、“在るべき姿と現在の姿のギャップである”と、H.サイモンやケプナー・トリゴー達が定義している。良く定義された問題は、この両方が明確に捉まえられた問題であり、両方が良く定義され、認識されていない問題は、病的、あるいは悪い構造の問題と呼ばれている。そして、問題を計算処理する立場から、サイモンは、病的な問題では、解決に向う良い道筋もまた見つけられないとしている。
現実を、リアル・ファクトを一つの鏡に映し表現されたものを、リアル・ファクト・データと呼ぼう。現状を理解できなければ、将来の希望やビジョンも描き難い。また、そこにたどり着くべき道も、探索することが困難である。辿るべき道が見えなければ、課題を設定することもできない。
失われた20年間、“日本のDGPが500兆円のままであった”というリアル・ファクト・データが示す“問題”とは何であろうか?
“課題先進国”を提起された元東大総長の小宮山さんは、「深刻な3つの課題」として、①高齢化、②地球温暖化、③需要ギャップとデフレ、を挙げている。これらの課題は、むしろ英語でいう Issue やAgenda に近い。つまり、議論し、解決策を検討すべきテーマリストである。
問題であるなら、まずあるべき理想と現実を、同時に定義するのが生産的である。
高齢化は、止められない。地球の温暖化も、12万年前から見ると冷えており、また直近でも10年間位は気温が下がっているというデータもある。またフランスで大統領が新しくなって原発も放棄されると、ドイツとの強調関係の鎖であったCO2問題も、崩壊する可能性がある。
では、これらの「3つのテーマ」は、どのように捉えられるべきであろうか?
確かに、これらは、従来に比べて特徴的であり、また中国などが数年後に同じ問題を抱えることになる共通性を持った有徴現象である。これらは、まず、問題とその課題や解を含む、「特異事象」と呼ぶのが妥当ではないだろうか?
問題は、解決するために、チャンスでもある。つまり問題は、トラブルだけでなく、プロブレムでもあるし、取り組むべき重要なテーマとしてのイシュウでもあり、その解を得るプログラムを検討すべきアゼンダでもあり、解かれるべき課題としてのジョブやタスクでもある。また、日本人は、正解のある規範的な課題を好む性向がある。
まず、日本語の“問題”や“課題”という言葉を、整理する必要がある。
例えば、もし日本が年間2%づつ成長して、いま、700兆円になっていたとすれば、高齢者事象も、温暖化事象も、デフレ事象も、ほとんど問題にはならなくなっていた可能性があるのではないだろうか。
日本の失われた20年、日本人が稼ぎ出したGDPは、年間500兆円を挟んで上下し、横ばいしている。一方、ここ間、世界は、20年間で20兆ドルから60兆ドルと約300%に伸びている。日本は、1990年にバブルがはじけ、あれから20年間、稼ぎ出した付加価値はほとんど変化してこなかったのである。これが、事実を写した一つの鏡である。
問題とは、“在るべき姿と現在の姿のギャップである”と、H.サイモンやケプナー・トリゴー達が定義している。良く定義された問題は、この両方が明確に捉まえられた問題であり、両方が良く定義され、認識されていない問題は、病的、あるいは悪い構造の問題と呼ばれている。そして、問題を計算処理する立場から、サイモンは、病的な問題では、解決に向う良い道筋もまた見つけられないとしている。
現実を、リアル・ファクトを一つの鏡に映し表現されたものを、リアル・ファクト・データと呼ぼう。現状を理解できなければ、将来の希望やビジョンも描き難い。また、そこにたどり着くべき道も、探索することが困難である。辿るべき道が見えなければ、課題を設定することもできない。
失われた20年間、“日本のDGPが500兆円のままであった”というリアル・ファクト・データが示す“問題”とは何であろうか?
“課題先進国”を提起された元東大総長の小宮山さんは、「深刻な3つの課題」として、①高齢化、②地球温暖化、③需要ギャップとデフレ、を挙げている。これらの課題は、むしろ英語でいう Issue やAgenda に近い。つまり、議論し、解決策を検討すべきテーマリストである。
問題であるなら、まずあるべき理想と現実を、同時に定義するのが生産的である。
高齢化は、止められない。地球の温暖化も、12万年前から見ると冷えており、また直近でも10年間位は気温が下がっているというデータもある。またフランスで大統領が新しくなって原発も放棄されると、ドイツとの強調関係の鎖であったCO2問題も、崩壊する可能性がある。
では、これらの「3つのテーマ」は、どのように捉えられるべきであろうか?
確かに、これらは、従来に比べて特徴的であり、また中国などが数年後に同じ問題を抱えることになる共通性を持った有徴現象である。これらは、まず、問題とその課題や解を含む、「特異事象」と呼ぶのが妥当ではないだろうか?
問題は、解決するために、チャンスでもある。つまり問題は、トラブルだけでなく、プロブレムでもあるし、取り組むべき重要なテーマとしてのイシュウでもあり、その解を得るプログラムを検討すべきアゼンダでもあり、解かれるべき課題としてのジョブやタスクでもある。また、日本人は、正解のある規範的な課題を好む性向がある。
まず、日本語の“問題”や“課題”という言葉を、整理する必要がある。
例えば、もし日本が年間2%づつ成長して、いま、700兆円になっていたとすれば、高齢者事象も、温暖化事象も、デフレ事象も、ほとんど問題にはならなくなっていた可能性があるのではないだろうか。

